1 すれば 2 しなければ 3 しても 4 しなくても 43
1 のだ 2 点 3 こと 4 ところ 44
1 それなら 2 したがって 3 このため 4 なぜならば 45
1 ではないか 2 であるべきか 3 ではない 4 であるべきだ
問題8 次の(1)から(4)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。
(1)
大人になっても、味覚は変わり続ける。二十代の血気盛んなころ頃、すき焼き鍋などを囲むと、肉ばかり食べている私を見て、「私たちはもう沢山。年をとると、キノコや野菜が一番おいしい」などと半ば私を、半ば自分自身を論すかのように言う年長者がいた。なるほど、私も、最近では肉の味のしみた野菜やキノコがおいしい。一方で、肉も相変わらず食ベる。年長者だって、肉を食べなくなるわけではない。
(茂木健一郎『食のクオリア』による)
46 食べることに関して筆者はどのように感じているか。
1 若いころ頃肉が好きでよく食べた人も、年をとると食べ物の好みが変わる。 2 人は年齢を重ねるにつれて、野菜も肉も食べる量が尐なくなってくる。
3 二十代のころ頃は肉よりも味のしみたキノコや野菜を好んで食べる人が多い。 4 年長者は肉と野菜を片寄りなく半分ずつ食べたほうがいいと思っている。
(2)
相手を思いやる気持ち、これも、「あいさつ」の心にちがいありません。
先年、アフリカへ行ったとき、タンザニアで聞いたことですが、現地の人たちが道で知人とあいさつを交わすとき、おたがいに家族の安否をたずねますが、たとえ自分の家族に病人がいても、それを口に出さないのが暗黙のルールになっているのだそうです。相手の気持ちに負担をかけまいとする心からです。
(川崎洋『ことばの力』による)
47 暗黙のルールになっているのはどんなことか。 1 安否をたずねる際には、ことばを口に出さないこと 2 あいさつを交わすときは、まず安否をたずねること 3 あいさつのとき、家族の病気のことは言わないこと 4 病気の人がいる家族とはあいさつを交わさないこと
(3) 毎年、花の種をま蒔いたり、球根を植えたりする季節が近づくと、しゅ種びょう苗を扱う農園から、
色刷りのカタログが送られてくる。私には植物を実際に取り寄せて植える土地などはないから、それを眺めて空想庭園を楽しむのである。しかし、それらの誇らしげに咲いている花の見合い写真を次々に見ていくと、(注1)れん連ちゅう中が一様にある傾向を有していることに嫌でも気がつく。つまり、すべての花を「品種改良」によって、より(注2)たいりん大輪にし、そして何でもかでも(注3)や八え重ざき咲に造りかえてしまおうという、人間の趣味と努力と一種の意地がそこに反映しているのである。
(奥本大三郎『虫の宇宙誌』による)
(注1)れん連ちゅう中:ここでは、花のこと
(注2)たいりん大輪:花の大きさが普通よりも大きいこと (注3)や八え重ざき咲:花びらが数多く重なっていること 48 そこは何を指しているか。 1 品種改良されていない花 2 カタログに掲載されている花 3 筆者が取り寄せたいと思った花 4 筆者が空想している庭園の花
(4)
生きものは危機と遭遇しそれを乗り切ることで進化してきました。人間社会も同じです。環境変化による影響を受けにくくするため、私たちの祖先は集団生活を始め、都市を築き文明を育ててきました。協調が社会の基本にあります。文明の初期段階では、生き延びるため、皆が協調します。しかし、生存が既定のものと思うようになると、自分さえよければいいという自己利益の最大化に走ります。結果は滅亡です。
(日本経済新聞二〇一〇年三月八日付朝刊による) 49 人間について、この文章からわかることは何か。
1 環境の変化に関係なく、協調性より自己利益を追求する。 2 生命の危機がなくなると、他者との協調性が薄れる。 3 文明が発展するにつれて、協調性が生まれる。 4 協調性を育てるために、集団生活をする。
問題9 次の(1)から(3)の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。 (1)
定年に備えた企業の研修資料に<「自分」―「仕事」=?>とあるのを見て、会社一筋に働いてきた人には厳しい設問だなあ、と思ったことがある。
事実、会社人間だった大阪の友人はこの設問に「ゼロや」と苦笑して、定年後の近況を話す。 「女房が出掛けようとすると、(注)ワシも行くと言うもんやから、すっかり嫌がられてるよ」 こういう定年亭主を「恐怖のワシも族」と言うのだそうだが、今やさぞかし①「ワシも族」がはびこっていることだろうと思いきや、ニッセイ基礎研究所の「定年前?定年後」という本にこんな調査結果が収められていた。
数字は省くが、仕事に生きがいを持っていた人のほうが、そうでない人より定年後の社会活動にもずっと生きがいを感じているという内容で、要するに、会社人間ほど定年後も意欲的という分析だ。 彼らの社会活動の生きがいは、交友関係の広がりによって生まれているようで、植木職人になったり、NPOやボランティア、地域活動に携わっている元銀行員をはじめ、多種多様なケースがいろいろ紹介されている。
以前、あれは有力銀行の支店長であったか、定年退職した途端、年賀状も激減するなど一変した状況に喪失感を覚え、自ら命を絶ったという話を聞いたことがある。
これなどは極端なケースだとしても、<「会社」のために頑張る価値観は、「社会」のために頑張る価値観と合致するかもしれない>と分析される先の調査結果などは、会社人間の「その後」に②新しい視点をもたらすものだろう。
(近藤勝重「しあわせのトンボ:会社人間の『その後』」 2007年11月14日付毎日新聞夕刊による) (注)ワシ:わたし
50 筆者の友人が、<「自分」―「仕事」=?>という設問に「ゼロや」と答えたそうだが、それはどのような意味か。
1 その友人はこれまで一つの仕事しかしてこなかったので、ほかの仕事は全然できないという意味 2 その友人は仕事一筋に生きてきたので、これからも家族と一緒に何かしようとは考えていないという意味
3 その友人は生活のすべてを仕事中心に送ってきたので、定年後は何もすることがないという意味 4 その友人は定年後に生きがいを見つけ、会社生活で得たものはゼロだったと感じているという意味
51 ①「ワシも族」とは、どのような人たちのことか。
1 奥さんが何かしようとすると、なんでも一緒にしたがる定年後の夫 2 奥さんばかりでなく、家族の皆からも嫌がられている定年後の父親 3 会社に出かけて行くよりも、家で奥さんと一緒にいるのが好きな夫 4 定年退職後、自ら進んで家事や社会活動に積極的に参加したがる夫
52 ②新しい視点をもたらすとは、どのようなことか。
1 退職後には多種多様な仕事の選択肢があるから明るいと感じること 2 会社中心に過ごしてきた人ほど、家での仕事に積極的になれること 3 会社人間ほど定年後の社会活動に意欲的であるととらえられること 4 定年後に生きがいがない人でも、社会的な活動には期待できること
(2)
技術者にとってレース車を開発するというのは、非常に魅力があるようなのだ。 それはそうだろう。市販車の開発であれば、コストのことや工場のことを考えなければいけないので、自分の考え出した創意工夫を必ずしも反映できるわけではない。いいモデルを出したからとい
って、営業の力が弱ければ売れるとは限らない(尐なくとも、多くの開発技術者はそう思って(注1)は歯ぎし軋りをしているに違いない)。しかし、レース車であれば、ある程度、採算無視で色んなことにトライできる。何よりも、営業力とか他の要素に邪魔されることなく、①どんな大メーカーを相手にも対等に優务を争うことができるわけだ。 逆にいうと、言い訳のない世界でもある。敵よりコンマ1秒でも遅れをとれば負けるのだ。そして、それは、はっきりとその場で目に見える。(中略) 目標設定も単純だ。市販車開発なら、時にはアメリカとおう欧しゅう州の両市場で売れる車を作ってくれと営業から要求されたりする。そこでは技術的に妥協せざるを得ないが、レースは絶対的な速さだけを目指せばいいのだ。その代わり、自分の実力が今どうであれ、敵の車が75秒で(注2)サーキットを1周していれば、それより速いタイムで走る車をつくらないと意味がないのだ。②出来る、出来ないを論じる余地は全くない。また、お分かりのように、他チームの車のまね真似だけをしていれば、決して「最速」にはならないのも真実なのだ。 (田中詔一『ホンダの価値観―原点から守り続けるDNA』による) (注1)は歯ぎし軋りをする:ここでは、悔しく思う (注2)サーキット:レース用のコース
53 ①どんな大メーカーを相手にも対等に優务を争うことができるとあるが、なぜか。 1 創意工夫する力さえあれば売れる車がつくれるから 2 性能さえよければ採算のとれるレース車がつくれるから 3 営業力に邪魔されずに価格で勝負できる車がつくれるから
4 コストなどの要素に影響されずにレースで競える車がつくれるから
54 ②出来る、出来ないとあるが、何が出来る、出来ないのか。 1 自社の最高タイムを次のレースで上回ること
2 技術的に妥協するしかない場合には妥協すること 3 ライバル社より尐しでも速く走れる車をつくること
4 アメリカやおう欧しゅう州のレースでいい成績をおさめること
55 この文章によると、レース車の開発は、技術者にとってなぜ魅力的なのか。 1 高い技術力が示せれば世界で認められるから
2 自社が持っている技術力の高さを証明できるから 3 明確な目標に向かって開発だけに集中できるから
4 開発者としての実力が大メーカーからも評価されるから
(3)
わが国の文章の書き手として、想像?想像するという言葉をもっともよく使ったのは、おそらく柳田国男であろう。民衆に伝えられる生活の慣習、用具などに残る手がかりをつうじて、なつかしい(注1)こ古そう層へとたどるみんぞく民俗学の、わが国での開拓者として、柳田にはこの言葉がきわめてたいせつなものであった。
柳田は、それと空想?空想するという言葉とを区別しようとした。その文章の執筆の時期や、あつ
かう対象、また語りかける相手のちがいにつれて、柳田の行なった空想?空想すると、想像?想像するの区別には、いかにもはっきりしている際と、そうでない場合がある。しかし後の場合も、空想?空想することをしだいに正確にしてゆけば、想像?想像するにいたるという、段階的なつながりにおいて――(注2)あい接し、境界がぼやけていることはあるにしても、その上辺と下辺では、ちがいがはっきりしている、という仕方で――使われている。
具体的な根拠のない、あるいはあってもあいまいなものにたって行なうこ古そう層への心の動きを、空想?空想するとし、よりはっきりした根拠にたつ、しっかりした心の働きを、想像?想像するとして、柳田は使いわけているのである。そこで時には、やや、、とか、あきらかに、、、、、とかいう限定辞をかぶせねばならぬのではあるが、空想?空想するには、人間の心の働きとして、マイナス?消極的評価のしるし、、、がついており、想像?想像するは、プラス?積極的評価のしるし、、、がついている。
(大江健三郎『新しい文学のために』による) (注1)こ古そう層:ここでは、古い時代 (注2)あい接し:互いに接し
56 柳田が使う「空想?空想する」と「想像?想像する」にはどのような関係があると筆者は考えているか。
1 互いに似ている部分があるが、「空想?空想する」から「想像?想像する」に変わることはない。 2 全く異なるものであり、「空想?空想する」と「想像?想像する」との境界ははっきりしている。 3 両極も境もぼやけていて、「空想?空想する」と「想像?想像する」との境界ははっきりしない。 4 両極は明確だが境はぼやけていて、「空想?空想する」から「想像?想像する」に変わることがある。
57 柳田が「空想?空想する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。 1 はっきりしないものをもとに古い時代を考えるとき 2 はっきりしたものを根拠に古い時代をたどるとき 3 現代に残されている手がかりから過去をたどるとき 4 過去の出来事を手がかりに現代を考えるとき
58 柳田が「想像?想像する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。 1 古い時代の民衆の心を伝えるとき
2 人間の心の働きを積極的に評価するとき 3 あいまいなイメージをはっきりさせるとき 4 明確な根拠にもとづく心の働きを表すとき
問題10 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。
理系の文章は明確な目的を持っている場合が多いので、その目的に応じて読者は文章を読む。このため、目的に合致した文章は満足感を読者に与える。たとえば、「東京都の交通渋滞に関する調査