56. ①けっして容易ではありませんとあるが、なぜか。 1) 人は社会に存在するリスクに直撃されるから 2) 個人の不安や不満には共通点がないから 3) 個人はそれぞれの集団に縛られるから 4) 本人だけの問題だと思えるから
57. ②そのような個人とはどのような個人か。 1)自分の存在を認めない社会は認めようとしない人 2)自分を圧迫する社会に立ち向かおうとする人 3)自分の意識を社会に向けようとしない人 4)自分を認めない社会に生きている人
58. 平等化社会を生きる〈私〉にとって他者とは何か。 1)自分の不完全さを感じさせられる社会や周囲の人々 2)相互に助け合わなければならないことを教えてくれる人々 3)お互いを認め合える人々や自分に役割を与えてくれる社会 4)一人ひとりが平等であることを意識させてくれる社会
問題10 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。
自然は多種多様の生物群が存在することで、それなりの安定を維持している。そのなかの一種ないし数種を撲滅することは、とりもなおさず全体のバランスをくずす結果になる。複雑な形の自然石かつみかさなってできた石垣から、一個ないし数個の石をひきぬいたらどうなるか。影響はたちまち全体におよび、石垣そのものの大規模な崩壊をおこすにちがいない。ちょうどそれとおなじである。しかも自然界の場合、構成それ自体が複雑であるゆえに、影響もいっぺんには表面化しない。ある部分はたちどころ(注2)に、べつの部分は長期間をおいたのちに、被害の進行をあらわにしてくる。人間自身の予想もしなかった個所へ、①意表をついた連鎖反応の結果がでてくるのである。Aなる(注2)害虫を除去する目的で、ある薬剤が使用されたとしよう。その目的はたっせられて、Bなる作物が虫害をまぬかれた。しかしその結果、おなじくAによって食い殺されていたCやDの種属が、抑制因子をとりのけられて爆発的に増加し、あらたな害虫となってBにおそいかかる。こういった例が多数あるのである。
殺虫?殺菌の効能をもつ化学薬品が、いったん開発されてこのかたというもの、人間は
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文字どおりなりふり(注3)かまわず、ひたすらそれへの依存度を増し、つまり量質ともに強大化する方向へっっぱしった。なぜそのようにしなければならなかったのか。最近の日本では、②このことをもいわゆる公害の一種にふくめ、製薬資本の営利主義――すなわち 企業の利益のため不必要な薬品を売りまくって乱用をすすめたことが、非難のまとになっている。しかしこれだけで片づけられるほど、事態の本質は単純でないのだ。上のような皮相(注4)的見解でわりきるには、現在の状況はあまりに絶望的である。すでに③最初の出発点からして、人間の文明それ自体のなかに、かく(注5)ならざるをえない必然性がやど(注6)されていた。一企業の責任に帰するには、悲劇の根はいささか深すぎる。 人間が今日のごとく高度文明をきずきえたのは、採集経済から脱して、牧畜さらに農耕という生産手段を発明したからである。それは換言すると、ある特定の土地を、牧場あるいは田畑として使用することである。さらに換言すると、人間の利用目的にかなう家畜?作物によって、それらの土地を独占させることでもある。ほんらいならばそこの土地には、家畜?作物いがいの各種生物が、当然のこととして棲息(注7)していた。人間はそれらの生物群にたいし、害獣?害鳥?害虫あるいは雑草といった汚名を一方的にかぶせ、強引に排除する手段にでた。こうして自然界のバランスがくずれた。いわゆる公害の起原は、
工業とともにおきたのではなく、遠く牧畜ないし農耕のはじまりにさかのぼるのである。
(レ?チェル?カーソン著?青樹簗一訳『沈黙の春』一筑波常治の?解説?による)
(注1)たちどころに:たちまち (注2)~なる:ここでは、~という
(注3)なりふりかまわず:ここでは、先のことも考えず (注4)皮相的:表面的 (注5)かく:このように (注6)やどす:含む (注7)棲息する:生きる
59. 筆者は、①意表をついた連鎖反応をABCDを用いてどのように説明しているか。 ? 1)BをおそうAを除去した結果、あらたな強いAが発生してCやDをおそうようになる。
2) BをおそうAを除去した結果、Aに食い殺されていたCやDがBをおそうようにな
る。
3)BをおそうCやDを除去した結果、あらたなAが増加してBをおそうようになる。 ?
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4)BをおそうCやDを除去した結果、CやDに食い殺されていたAがBをおそうようになる。
60. ②このこととあるが、このこととは何か。 1)化学薬品の開発 2)化学薬品の有用性 3)化学薬品の有用性 4)化学薬品の量と質の強大化
61. 筆者が考える③最初の出発点とはいつのことか。 1)人間が採集活動によって生活を営みはじめたころ 2)人間が土地を牧場や田畑として使用しはじめたころ 3)企業に資本が集まり、産業が発展しはしめたころ 4)文明が高度化し、工業が盛んになりはじめたころ 62. 筆者によると、自然界のバランスがくずれた原因は何か。 1)筆者によると、自然界のバランスがくずれた原因は何か 2)人間が薬剤開発のために各種生物群を利用してきたこと 3)人間が人間に利用価値のない生物群を排除してきたこと 4)人間が人間いがいの生物群の存在を無視してきたこと
問題11 次のAとBの文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。
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63. AとBで紹介されている店の共通点は何か。 ? 1)商品が見やすく並べられていること ? 2)様々な商品がそろえられていること 3)時間を気にせずに買い物できること ? 4)客の要望を品ぞろえに反映していること
64. AとBで紹介されている店の経営方針は、どのような点で異なるか。 1)AとBで紹介されている店の経営方針は、どのような点で異なるか。 2)Aの店は固定客の確保を重視し、Bの店は新規の客の増加を重視している。 3)Aの店は商品の価格設定を重視し、Bの店は顧客満足度を重視している。 4)Aの店は商品のデザ?ン性を重視し、Bの店は商品の実用性を重視している。 問題12 次の文章を読んで、後の問いに対する答えとして最もよいものを、1?2?3?4から一つ選びなさい。
私もかつて一個の子供であったが、親との「対話」など別にのぞまなかったように思う。もし親の方が「対話」をしかけてきたら、照れくさいような、歯(注1)の浮くような気持がしただろう。尐なくとも、中学生のあたりからは、そうであった。私は特別反抗的な子供ではなかったが、親と「対話」などしたって、本当の話はできない、とごく自然に承知していたように思う。
といって、親とのつながりを、まったくのぞんでいなかったわけではない。しかし、それは[対話]などという正面(注2)きったものではなく、言葉としてはほとんど意味をなさないような交流があれば、充分だった。つまり、家の中で顔を合わせて、黙って顔をそむけられては、どこかで寂しいような見捨てられたような気持がしたが、「お」「やってるか」ぐらいのやりとりがあれば、①気持は安定していたのである。
それ以上親が気をつかって「このごろ音楽はどんなもんがはやっているんだ?」など
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と聞いてきたら、無理してるなあ、と思うし、そんな必要ないのになあ、と思うし、答えるのがすごく億劫だったろう、と思う。
親とは通じない部分を、どんどん持つことによって、子供は自分の世界をつくっていくのである。不分明(注3)なところが多いから、といって親が不安におちいることはない、と思う。
「なにを考えているか、なにをしているか分らない」部分が増えていくことで、子供は成長しているのだ。そこへ、いちいち親が首をつっこみ「一緒に悩み、一緒に考えよう」などとすることは、子供にとっては、ひどくわずらわしいことだし、親が加わることで当面の局面はいい方向へ転換するとしても、②長い目で見れば、あまりいい影響を残さない、というように思う。 (中略)
では、どうしたらいいか、というと、原則的には親は子供の内面については、ほうっておくしかないのだ。理解しようとしたり、いわん(注4)や共感しようとしたり一緒に悩もうとしたりしてもむだなのだと思う。
子供との距離が、刻々ひらいていくことに堪えるしかないのだ。そして、その距離をリ?ルにとらえている親は、子供にとって魅力的だと思う。
そうした親は、子供を理解しようとしたり、一緒に悩もうとしたりしない。そういうことができないことの悲しさ、寂しさ、情けなさを胸におさめて、子供と対する。いわば「他人」として対する。「親切な他人」として対する。そして、その節度を保てるということが、子供への愛情になっている。というような親でありたい。と尐なくとも私は思っている。 (山田太一『誰かへの手紙のように』による) (注1) 歯の浮くような:ここでは、なんとなく落ち着かない (注2) 正面きったもの:ここでは、きちんとしたもの (注3) 不分明な:はっきりしない (注4) いわんや:まして
65. 中学生のころの筆者の親に対する態度はどのようなものだったか。 1)話らしい話はしようとしなかった。
2)話しかけられないように顔を合わせなかった。 3)親を寂しがらせないように気をつかっていた。 4)言葉として意味をなさないやりとりを避けていた。
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