の生活のうち、この集団に向けられ、かつ委ね[
注2]
られた部分にのみ限定せられている。
ある人間は、他の人間に向かって、この部分を乗り越えた自己の全体性を示す機会を持たぬ。その全体性に潜む困難と苦悩とについて、他の人間の同情(63)助言を求める機会を持たぬ。(64)、彼は他の人間の全体性について知ることができない。その集団に向けられた部分以外は、彼にとって秘密として隠されている。このような関係は、一般に、冷たい、と称せられるものである。(65)、この冷たさは、集団の成員の間の接触が直接的でなく、即ち、相互に感覚器官の活動範囲の内部でなく、間接的に、即ち、文書を通じて、ジャーナリズムを通じて行われる場合、一層、その強度を増す(66)。この時は、客観的な言語形式に盛りこめるもののみが関係および交渉の内容となる。(67)、それはある意味において合理的なもののみに限られる。この形式に盛り込めぬもの、それは存在しないのではないが、しかし、この関係および交渉の外部に捨てられている。かくのごとく[
注3]
、一方では、関係の部分的性質の故に、他方では、接触の間接的性質の故に、人
注4]
間の全体性は人間関係の外に放置せられる。(68)、全体性はエモーショナルな[
、
非合理な内容を含んでいる。人間は、自分の非合理的な全体性を表現する機会と、他人の非合理的な全体性を受容する機会をともに奪われている。近代の原理から見れば、自分の非合理的な全体性を抑圧しつつ、(69)、他人の非合理的な全体性を無視しつつ、あの限られた冷たい一面においてのみ他人と関係しうる、よくこれに堪えうる強靭な人間が前提とされているに違いない。けれども、原理はとにかく現実(70)、それは万人の堪えうるところではない。
[注]1然るに/そうであるのに。それなのに。 2委ねる/一切を他人にまかせる。 3かくのごとく/このように。
4ェモーショナルな/情緒的な、感情的な。
61.A.元来 B.従来 C.在来 D.古来 62.A.それだから B.それゆえに
C.それよりも D.それなのに 63.A.もしかして B.それとも C.それから D.あるいは 64.A.これと当時に B.これと一緒に C.それと同時に D.それと一緒に 65.A.ところで B.だけど C.それでも D.しかし 66.A.ことになる B.わけになる C.ものになる D.はずになる 67. A.結局 B.所詮 C.换言すれば D.要するに 68. A.前から B.もとより C.元から D.そもそも 69. A 同じく B 同時に C 冷たく D 無事に 70. A におけて B において C にとって D について
六、読解問題
問題一、次の各文章を読んで、あとの質問に答えなさい。答えはそれぞれA、B、C、D、の中から最も適当なものをひとつ選びなさい。(1×5=5点) 文章
目は、背中にはついていない。だから僕らは、前は見えても後ろは見えない。というのは嘘で、見ようと思えば、後ろだって見える。ふりむく必要はない。後ろを見る力のことを、想像力というのだ。後ろだけではない。普通の想像力があれば、?他人の目からだって、自分を見ることができる。他人から見ると、自分はどう見えるか。それが、想像力の出発点だろう。
幕が開いてから客席に入ってくる人がいる。?あんな迷惑なものはない。ああいう人は、人から自分がどう見えているかが、まったく見えていないんだろう。完全な想像力欠乏症である。長い背中をやたら延ばして、ひときわ高く席に座っているのも、?後ろに目がない人の典型だある。
71. ① 他人の目からだって、自分を見ることができると同じ意味の文はどれか。 A.他人は自分の前も後ろも見ることができる。 B.他人から見えないものでも見ることができる。 C.他人から見ると自分はどう見えるか想像できる。 D..他人の見かたと自分の見かたは全然違うものである。 72.②あんな迷惑なものはないとあるが、何が迷惑なのか。 A. 幕が開いてからふりむく人がいること。 B. 幕が開く前に案内係の人が入ってくること。 C. 幕が開く前に客席に入ってくる人がいること。 D. 幕が開いてから客席に入ってくる人がいること。 73.?後ろに目がない人はどんな人か。 A.想像力のある人 B.想像力のない人 C.背がとても高い人 D.客席の後ろに立つ人
【文章2】
自然の森林は、枝や葉に覆わ[注 1]れて、その内部は温度変化が少なく、湿度は高く、日照の少ない森林特有の環境を作り出している。そして、その環境に適応した様々な生物群集を形成している。しかし、近年は木材需要の増大と、伐採?搬出の技術の進歩とが相まって[注 2]、これまで手のつけられなかった奥地や高所の森林からも、樹木が切り出されるようになった。そのため、伐採地が豪雨[注3]に見舞われると、土石の流出が増え、森林の生態系が破壊されるばかりでなく、下流では洪水も起こりやすくなって、人間生活にも影響を及ぼすようになった。また、産業や観光のために森林の中に道路が開設されると、その周辺の日照?通風の状態や土の中の水分の保有の状態などが変化して、従来の生物群集が絶滅したり、樹木の枯死が道路の両側深くに広がったりして、森林の生態系の破壊を招くことにもなる。
[注]1覆う/露出するところがないように、全体に被せてしまう。 2相まって/互いに作用しあって。 3豪雨/一時に多量に降る雨。 74.この文は何について論じているか。 A.木材需要の増大と森林保存 B.人間生活と森林利用 C.森林の生態系の破壊 D.現在の森林の環境
75.筆者が反対すると思われるものはどれか。 A.森林に手をつけずに、そのままにしておくこと B.森林の中に道路を開設しないようにすること
C.森林の日照?通風の状態を変化させないこと D.奥地や高所の森林から樹木を切り出すこと
学日本语了解日本文化,新浪微博搜索“日语单词本”,微信:danciben123 問題二、次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。答えはそれぞれA、B、C、Dの中から最も適当なものを一つ選びなさい。(1×10=10点)
豊かさへの渇望は、①人間に仕掛けられた意地の悪いわなのようなものだと言える。人間の欲望に限界がない以上、この先、ものがどれだけ豊かになっても、完全な満足という②ものがあるとは思われない。そのことが十分に分かっていながら、なおわれわれは、わずかばかりの富を増すためにあくせく【注1】働くことをあきらめられない。現代人が古代人よりも満ち足りているかどうかは疑わしいが、しかし有史以来、われわれの文化がこの永遠の飢餓感にそそのかされて【注2】来たことは確かだろう。しかし、今日われわれが七十年代の問題として直面している飢餓感は、そうした③本質的な飢餓感といささか性質が違っているように見える。それは、ものがにわかに豊かになった結果として起こった飢餓感だからである。
政治的にはもちろんいろいろな議論があるが、戦後の日本が、相対的に豊かになったことは④疑いようもない事実だろう。にもかかわらず、今日の日本人が、かつてないほどもの欲しげな顔をしているのはなぜだろうか。⑤戦後の荒廃期にはあきらめていた日本人が、ようやくものは豊かになり得るのだと気がついて、にわかにものへの欲望が噴き出したのだとも考えられる。しかしそうだとすれば、⑥われわれの胃袋はもう少し健康的で、すでに手に入れた富をもっと味わうことが出来てもよいはずだ。だが、ものを次々と使い捨てていて、それを人々が噛みしめて味わっているとはとても思えない。いわば現代の日本人は何かの病気のように、⑦飢えていながら食欲のない奇妙な飢餓感に苦しんでいるのである。様々理由があるだろうが、最大の問題は、われわれがものを使っていても、それを所有していないということであろう。所有するということは面倒な仕事であって、ものの持ち主は持っているものの価値を減らさないように、たんねんに【注3】手入れをし、保存に気をつけて、むしろものの値打ちを増すようにつとめなければならない。すなわち、所有するということはものの自然な衰亡と不断に戦うことであり、きわめて創造的で能動的