敬の「る」ではありません。なぜなら、終止形ではなく、連体形だからです。この「り」の接続は已然形なので、「生け」は已然形です。ということは、この「生け」は四段活用だということになります。なぜなら、現代語のように、「生き|ない」「生き|ます」「生きる|。」「生きる|時」「生きれ|ば」「生きよ」と活用させると、已然形の「生け」はどこにもないからです。「生かまほしきは命なりけり」という用例がありますが、「生きたい」を古語で言うと、「生きまほし」ではなく、「生かまほし」です。
$5 下一段活用は「蹴る」の一語しかない
○蹴飛ばす。(「蹴り飛ばす」とは言わない)
○蹴上がり。(鉄棒の技。「蹴り上がり」とは言わない) ○蹴鞠(けまり)。(「蹴り鞠」とは言わない)
○足蹴(あしげ)にする。(「足蹴りにする」とは言わない) △跳び蹴り。△石蹴り。(新しい言い方です)
昔、「蹴(け)」という連用形があったのでしょう。その他の用例から、古語の「蹴る」という動詞は次のように活用したことが分かっています。
「蹴る」(カ行下一段)の活用表は、
未 け |ず 用 け |て 終 ける|。 体 ける|時 已 けれ|ど 命 けよ|。
語尾変化は「e?e?eる?eる?eれ?eよ」となっています。はみ出した「る?る?れ?よ」を無視して、初めの一字を見ると、「け」だけなので、カ行の下の一段(かきくけこ)に渡る活用、つまり『カ行下一段活用』と名づけました。
下一段活用は「蹴る」の一語しかなく、卖語としては重要ではないが、後で出てくる「下二段を下一段に間違えないように。なぜなら、下一段は『蹴る』の一語しかないからだ」と引き合いに出される点が大切です。
$6 動詞の活用で一番大切なのは下二段活用
動詞の活用の学習で、一番大切なのは下二段活用です。なぜなら、古語で四段活用の次に出現頻度が高いのが下二段活用で、また、四段活用は、实は、勉強しなくても分かるのですが、下二段活用は現代語と活用の仕方が違うので、憶えなくてはならないからです。そこで、分かりやすい例を手がかりにして学習してみましょう。
○天は| 自ら |助くる|者|を|助く 。(福沢諭吉) 天は|自分自身を|助ける|者|を|助ける。
「助くる」は「者」に続いているから連体形、「助く」は丸が付いているから終止形です。 「助く」(カ行下二段)の活用表を書くと、
未 助け |ず 用 助け |たり 終 助く |。 体 助くる|者 已 助くれ|ど 命 助けよ|。
語尾が「け?け?く?くる?くれ?けよ」と活用しています。「る?れ?よ」の部分がはみ出していますが、そこを無視して語尾の始めの文字だけに注目すると、「く」と「け」しかありません。そこで、「カ行の下(この文章は横書きですが、縦書きなら中央と四番目、つまり、下です)の二段(かきくけこ)にわたる活用」という意味で、「カ行下二段活用」と名付けました。
なぜ「る?れ?よ」を無視したのか。高校生?受験生にはどうでもいいことですが、「る?れ?よ」まで含めて説明するような名前は、長くなりすぎるからでしょう。
下二段活用の活用語尾は、「e?e?u?uる?uれ?eよ」と憶えると何行にでも忚用できます。
$7 下二段活用を下一段活用と間違えないこと
下二段活用は、終止形?連体形?已然形が現代語と違う活用をするので、「e?e?u?uる?uれ?eよ」を暗記しないと、必ず間違えます。その間違いの発見の仕方。現代語の感覚で、
未 助け |ず 用 助け |たり 終 助ける|。
体 助ける|時 已 助けれ|ど 命 助けよ|。
とすると、下一段活用になってしまいます。しかし、古語では下一段活用は、「蹴(け)る」の一語しかない。故にこの活用表は間違い。下二段活用は、終止形?連体形?已然形が現代語とは違うのです。
○ 日 |出づる|処の天子、書を| 日 |没する処の天子に|致す。(聖徳太子が隋の煬帝に与えた国書?日本書紀)
太陽が|昇る |国の |太陽が|沈む 国の |送る。
○ 入(い)る| |を|図って|出づる| |を制 す 。(準体法だから連体形) 金が入る |こと|を|考えて|出る |こと|を制限する。
○禍(わざわひ)|は|口|より|出づ。(終止形)
禍 |は|口|から|出る。→禍は口から出る言葉が原因になることが多い。
○青 |は|藍 |より|出で |て|、藍よりも青し。(連用形) 青の染料|は|藍の草|から|作られ|て|、藍よりも青い。
「出づ」(ダ行下二段)の活用表は、
未 出で |ず 用 出で |たり 終 出づ |。 体 出づる|処 已 出づれ|ど 命 出でよ|。
「る?れ?よ」の部分を無視して、語尾の初めの文字に着目すると、「づ」と「で」しかありません。そこで、「ダ行の下の二段(だぢづでど)にわたる活用」という意味で、「ダ行下二段活用」と呼びます。
○求むれ|ど |得 がたき は、色 になんありける。(「ど」に続くから已然形) 探し |ても|見つけにくいものは、色香のある美人で! あるなあ。
○やる気のある人求む。(終止形)
○A?B二点間の距離を求めよ。(命令形) ○求めよ、さらば与へられむ。(命令形)
「求む」(マ行下二段)の活用表は、
未 求め |ず 用 求め |たり 終 求む |。 体 求むる|こと 已 求むれ|ど 命 求めよ|。
○明くる朝 ○その明くる日(下二段活用の連体形)
終止形は「明く」。「夜が明ける。」を古語で言うと「夜明く。」です。
○師 | |走(は)す。 先生|が|走 る。
十二月のことをなぜ「師走(しはす)」と言うか。普段はのんびりしている先生も忙しく走り回るので、「師走(は)す。」(師が走る。)と言うのだという話があります。この「走す」は「馳す」とも書き、下二段活用の終止形です。
「馳す」(サ行下二段)の活用表は、
未 馳せ |ず 用 馳せ |たり 終 馳す |。 体 馳する|こと 已 馳すれ|ど 命 馳せよ|。
○日も暮れよ 鐘も鳴れ 月日は流れ 私は残る (アポリネール?ミラボー橋)
パリのセーヌ川にかかる「ミラボー橋」を歌った詩のリフレインです。「暮れよ」は下二段活用の命令形で、終止形は「暮る」。「日が暮れる」は古語では「日暮る。」、「日が暮れる頃」は「日の暮るる頃」です。
「暮る」(ラ行下二段)の活用表は、
未 暮れ |ず 用 暮れ |たり 終 暮る |。 体 暮るる|こと 已 暮るれ|ど 命 暮れよ|。
です。
$8 ア行に活用する語は、「得(う)」一語しかない
○已(や)むを得(え)ず、(「ず」の前にあるから未然形) ○ノーベル賞を得(え)て、(「て」の前にあるから連用形)
○敵を撃滅する を|得(う)。(丸が付いているから終止形) 敵を撃滅することが|出来る 。
○人の信用を得(う)ることなり。(体言の前にあるから連体形)
「得(う)」(ア行下二段)の活用表は、
未 え |ず 用 え |たり 終 う |。 体 うる|こと 已 うれ|ど 命 えよ|。
「え?え?う?うる?うれ?えよ」と、ア行下二段に活用しています。
ア行に活用する語は、「得(う)」一語です。これは次のヤ行活用?ワ行活用との関連で重要です。「心(こころ)得(う)」(心得る?理解する)もありますが、これはもちろん「得(う)」との複合語です。
$9 ヤ行下二段活用をア行と間違えないこと
○煙も見えず、雲もなく、(「見え」は「ず」の前にあるので、未然形)
「見え」の活用表を書くと、次のように間違える人が多いです。
未 見え |ず 用 見え |たり 終 見う |。 体 見うる|時 已 見うれ|ど 命 見えよ|。
未然?連用が「え?え」なので、これを「あいうえお」の「え」と早合点すると、ア行下二段活用になってしまいます。しかし、ア行活用は「得(う)」一語しかないので、これは「やいゆえよ」の「え」です。「見え」はア行ではなく、实は、ヤ行下二段活用で、終止形は「見ゆ」です。「見ゆ」(ヤ行下二段)の活用表は、
未 見え |ず 用 見え |たり 終 見ゆ |。 体 見ゆる|こと 已 見ゆれ|ど 命 見えよ|。
古語にはヤ行、つまり「やいゆえよ」「ヤイユエヨ」があるということを覚えてください。
○敵艦| |見ゆ 。(終止形)
敵艦|が|見える。
○遠く|見ゆる|山(連体形) 遠く|見える|山
などと言います。
○刑場の露と消えたり。(連用形)(刑場の露のように消えた。) ○火と 燃えて、(連用形) ○丘を 越えて、(連用形)
○空腹を 覚えず。(未然形)(空腹を感じない。)
これらの語尾の「え」も、ア行ではなくヤ行の「え」ですから、終止形は
○刑場の露と消ゆ。 ○火と 燃ゆ。 ○丘を 越ゆ。 ○空腹を 覚ゆ。
となります。「パリ燃ゆ。(パリが燃える。)」などという言葉もあります。
$10 ワ行下二段活用をア行と間違えないこと
「木を植う。」(木を植える。)の「植う」の活用表を書いてください。
未 植え |ず 用 植え |たり 終 植う |。 体 植うる|こと 已 植うれ|ど 命 植えよ|。
一見パーフェクトに見えるが、これは大間違い。ア行活用は?得?の一語だから。では、どうすれば正解か。 正しい「植う」(ワ行下二段)の活用表は、
未 植ゑ |ず 用 植ゑ |たり 終 植う |。 体 植うる|こと 已 植うれ|ど 命 植ゑよ|。
古語にはワ行「わゐうゑを?ワヰウヱヲ」があるのです。「植う」はワ行下二段活用。「据う」(据える)「飢う」(飢える)などの「う」もワ行の「う」で、これらもワ行下二段活用です。
$11 サ行変格活用の終止形は「す」
現代語の「する」という動詞は、古文では「す」と言いました。「練習する。」は「練習す。」、「会見する」は「会見す。」、「飛躍する。」は「飛躍す。」… サ変は「す」と「おはす」の二語しかありませんが、「…す」という複合動詞は沢山あります。
「練習す」(サ行変格)の活用表を書いてみましょう。
未 練習せ |ず 用 練習し |たり 終 練習す |。 体 練習する|時 已 練習すれ|ど 命 練習せよ|。
語尾が「せ?し?す?する?すれ?せよ」と活用しています。サ行下二段活用なら「せ?せ?す?する?すれ?せよ」ですが、それとは連用形が違う特殊な活用なので、サ行変格活用と呼んでいます。ここで、複合サ変動詞についてまとめておきましょう。これは古文でも漢文でもきわめて重要です。
$12 複合サ変動詞の見分け方
複合サ変には色々の種類があるが、Ⅰ.中国語との複合、Ⅱ.日本語との複合、の二種類に大別されます。
Ⅰ.中国語との複合
○熱心に 練習し て、 ○しっかり 勉強せよ。 ○乃木将軍と 会見す。 ○万事 休す。
○意気に 感じ て、(ガッツに感動して、) ○函館支社に転勤を 命ず。
このように、漢字の音読みにサ行音(し?す?せ)?ザ行音(じ?ず?ぜ)が付いたものは複合サ変です。漢字の音読みの語は、もともとの日本語ではなく、中国語ですから、これは外国語との複合語です。そういうものは、現代でも、「トレーニングする」「アルバイトする」など、沢山あります。
Ⅱ.日本語との複合
○心して降りよ。(注意して降りろ。)
上の「心す」のように、日本語の名詞と複合したサ変動詞があります。
○我が子をかなしうす。(「愛(かな)しく+す」がウ音便化したもの)(我が子をいとしく思う。) ○名誉を重んず。(「重く+す」が撥音便化したもの)(名誉を重んじる。)
上のように、日本語の形容詞連用形と複合したサ変動詞があります。
○花 然(も)えんと|欲(ほつ)す。 花が咲こ うと|している 。
漢文によく使われる「欲す」も複合サ変です。これは、「望む」という意味の古い動詞「欲(ほ)る」の連用形「ほり」に「す」が複合して「ほりす」となり、さらに促音便化して「ほつす」となったものです。「不欲」は「欲せず」と書き下します。余談ですが、「欲(よく)」は音読み、「欲(ほっ)す」は訓読みです。
○汲めど |尽きせ|ぬ |泉の水。 汲んでも|尽き |ない|泉の水。
「尽きす」も「尽く」の連用形「尽き」に「す」が複合したもので、「欲す」と同じ構成の複合サ変です。
○為(な)す?致(いた)す?試(ため)す…四段 ○伏(ふ)す(「臥す」とも書く)」…四段?下二段 ○馳(は)す?失(う)す…下二段
これらは、漢字の音読みでも日本語との複合でもないので、複合サ変ではありません。
$13 複合サ変動詞の未然形は間違いやすい
○板垣死すとも自由は死せず。 ○稚内支社に転勤を命ず。
「死す」「命ず」は終止形、「死せ」は「ず」に続いているので未然形。サ変の「死す」の「し」は音読み、ナ変の「死ぬ」は訓読み。「死」は音と訓がたまたま同じです。漢文で「死」を動詞に読む時は、サ変に読み、ナ変には読みません。「板垣死すとも自由は死せず」は漢文調のキリッとした表現。和文調なら「板垣死ぬとも自由は死なず」となり、女性的な柔らかい感じになります。
○今日も一日勉強せず。 ○今日も一日練習せず。 ○異変を感ぜず。
○疑わしきは罰せず。
「勉強せず」「練習せず」という未然形は間違えないが、「感ぜず」「罰せず」の未然形は「感じず」「罰しず」などと間違いやすい。これらは「感じない」「罰しない」という現代語の活用で、古語ではありません。
①知らぬ。存ぜぬ。
②正直に白状せざるを得ず。
「存ぜ」「白状せ」は未然形です。①は平安時代の古典文法なら、「知らず。存ぜず。」が正しいです。
○愛さずにはいられない。